体に入る空気すらも冷たくなってきた。

この時期は眼前に広がる世界の彩度が低く、心を動かすような一瞬に出会うことは少ないと感じる。澄み渡る濃い蒼の空が広がるわけでもなく、海の上で燃える夕空のような輝きもない。ただただ冷たい光に照らされる色のない木々。人通りも少なく、寂しさを演出するには十分すぎるほどの舞台が整っていた。

 

 

クリスマス。やれカップルだなんだと浮ついたことを抜かす若者と、それを僻むSNSの住人で構成される1日。なんとも不毛である。前者になれたならまだ人生は輝いていたかもとぼやいてみたりはするが、考えたり願ったりするだけで現状が変わるなんてことはない。ならばせめて、幸せを実感している人間に水をかけるような行為だけはやめよう、と珍しく理性が働き、家にこもって適当に一日を過ごした。

業務を終わらせてそそくさと帰路についたいつも通りの1日。外を見れば鈍色の重くのしかかる暗雲とそこから降りしきる柔らかさをまとった雪。まあロマンチックではあるのだろうが、浮ついた話のない人間にはただただ寒いだけのモノクロ世界である。何も考えずに車に乗り、家へと向かった。

適当に電子の海をさまよい、対戦ゲームをカジュアルに楽しんでいるうちに夜になり、何事もなくその日が終わろうとしていた矢先、姉が丸焼きのチキンを持って帰ってきやがった。小さなクリスマス開演。

が、基本ものぐさでだらしのない姉である。もちろんチキンを捌くのは押し付けられるし、捌いたそばから美味しいところをがっついていく。どうして社会とはこうも残酷なのであろうか。心のなかで悪態をつきつつ無言で死んだ目をしながら死んだ鶏を切り分ける。味のしない1日は回避したがなんとも言えない感情しか湧かなかった。にぎやかではあったからよしとしよう。

 

 

令和4年も終わりがだんだん見えてくる頃、年末は何かと忙しい。小売業に勤しんでいるため年末商戦で仕事はバタバタ、帰れば飲みの誘いで車を出す。もちろんハンドルキーパーなので酒は飲めない。ここでも残酷さを突きつけられるともう笑えてくる。久々に帰還した友人の仕事、浮いた話、将来、議題は何かと明るいものでは無かったが、やはり慣れ親しんだ人間である。1年の最後に楽しい思い出が1つ追加された。

 

ま、ハンドルキーパーなので飲みの席が開かれてから地獄が開幕するのだが、そこを書くととんでもないことになるので今回は割愛させていただく。

 

2022年、後退したまま停滞した1年だったと思う。

次年はうさぎ年、巷では飛躍の年だなんだと言われているがどうせ縁起だのなんだのといったしょうもないオヤジギャグじみたネタなんだろうと思うが、何かしら飛躍があることを願う。